房総自由民権資料館




資料館:〒296-0105 鴨川市成川1-1
郵送先:〒296-0104 鴨川市南小町 723

開館日 :   ※平日予約制
開館時間 : 午前10時 ~ 午後16時
◎問合先: 090-6952-0481 (館長携帯)
※メール:sakumako1@athena.ocn.ne.jp



第6回企画展
2019年8月1日~9月30日
“明治の大嘗祭と地域”
長狭郡由基村から安房郡主基村




 『大嘗祭記、三』写本(太政官)1871年
※岩倉使節団(岩倉・大久保・木戸・伊藤)は欠席



 『大嘗祭記、三』写本(太政官)1871年↑
  豊明節会レシピ(鮭・鮑・鯛・鴨・鯉・筍・栗等)




 『大嘗祭記、三』写本(宮内省)1871年↑
 大嘗祭に従事した女性の名簿(10名)
※鴨脚(いちょう)は下鴨神社の娘、和宮の元女官




 伊能頴則『大嘗祭儀通覧』1913年↑
 明治天皇大嘗祭の指針であった文書を公刊
※『延喜式』を模範とし『貞観儀式』等を参考




「旧蹟費補助金下付申請書」↑
1915年3月千葉県庁に提出
※旧蹟は「主基齋田」、提出者は由基村村長



「主基御祭田地公園設置地形図」1915年↑
※赤色の部分は北小町地区の道路、円形が公園




『村治概要』安房郡主基村1937年↑
模範村時代の村政・産業・教育データ
※村名の誤認と改称の経過についても記述



交通アクセス
館山自動車道・鋸南保田インターから約30分
  (インター→長狭街道→主基交差点南入)
②東京駅八重洲口バス鴨川直行便(1時間1本)


※JR鴨川駅東口からバス15分 → 
主基駅
 下車約5分

JR鴨川駅からレンタル鴨チャリ(電動アシスト付)約30分




English

再び光り輝く朝日のもとに
Under the rising sun,
It will shine again.



展示

     
  群 参 す る 地 域 の 民 権 家
      ↓下線の部分をclickして下さい 

安房地域

 
 
鴨川の民権教師 原亀太郎(HARA KAMETARO)  
  原亀太郎の墓・安田勲・加藤淳造(医師)・安房の女性民権家等

いすみ地域 

 
 
夷隅の豪農自由党員 井上幹(INOUE MIKI) 
  井上幹夫妻写真・産業結社「精農社」・薫陶学舎・嶺田楓江・君塚省三等

長生地域 

 
 
茂原の自由党員 齊藤自治夫(SAITO JIJIHU) 
  齊藤自治夫宛書簡の束・吉原次郎八宛齊藤書簡・略年表等


千葉地域
 

 
 
代言人 板倉中と妻比左(ITAKURA NAKABA・HISA) 
   大阪事件の弁護・自由党解党後の書簡・東海新報・千葉と東葛の民権家

山武地域 

 
 
憤起慷慨の民権家 桜井静(SAKURAI SHIZUKA) 
  豪農民権家の生涯を追いかける・山武と印旛の民権家

香取地域 

 
 
香取の商人自由党員 石田直吉(ISHIDA NAOKICHI) 
  温知社・自由党員名簿・秩父事件の千本松吉兵衛・銚子と海匝の民権家

資料室

 
 
自由民権資料コーナー   
  資料と統計・主宰の民権通信サイト集成・リンクと研究文献目録



象の耳・象の鼻
<展示・交流・研究・収集・作業>
 
2019年9月15日更新




《掲示板》

◎9月の行事
9月 1日(日):第6回企画展開催中、9月30日まで
9月 2日(月):亀太郎忌
9月 4日(水):予約客様
9月 7日(土):資料調査(県内)
9月14日(土):臨時休館(台風被害復旧作業)
9月15日(日):臨時休館(台風被害復旧作業)
9月21日(土):予約客様
9月23日(土):予約客様、秋分の日(墓参)
9月29日(日):出張講演(県内)

◎民権林園
☆収穫:胡瓜(豊作)、ミニトマト(豊作)、茄子(平作)青紫蘇(平作)、オクラ(平作)
☆作業:玉葱種蒔き、大豆草取り
☆花々:百日草(白・赤)、曼珠沙華(紅)、大豆の花(白・薄紫)、胡瓜の花(黄)、茄子の花(紫)、オクラの花(薄黄)
☆災害:九州(長崎・佐賀・福岡)で大雨洪水被害、アマゾンで大規模森林火災、バハマで巨大ハリケーン、台風15号のため千葉県で大規模停電、断水、家屋被災

◎寄贈寄託資料・連絡通信コーナー(9月)
□嶺田楓江『海外新話(巻之一)』和本1849年発行(複製)
□嶺田楓江『海外新話(巻之二)』和本1849年発行(複製)
□嶺田楓江『海外新話(巻之三)』和本1849年発行(複製)
□嶺田楓江『海外新話(巻之四)』和本1849年発行(複製)
□嶺田楓江『海外新話(巻之五)』和本1849年発行(複製)
□チラシ「町田の近代と青年」町田市立自由民権資料館2019年7月13日~9月29日
□『地方史情報139』岩田書院2019年9月発行
□チラシ「浮世絵でよむ、南総里見八犬伝」城西国際大学水田美術館2019年9月17日~10月12日



《民権館歳時記》

9月は大嘗祭に従事した女性の役割について考えてみましょう。『大嘗祭記、二』(宮内庁書陵部蔵)に、明治の大嘗祭に実際に従事した女官の人名が記載されています。※(    )は引用者。

女官人名
 陪膳采女(ばいぜんのうねめ)、鴨脚克子
 後取采女(しんどりのうねめ)、壬生広子
 采 女、山口益子
 采 女、戸田晴子
 采 女、堀内素子
 采 女、虫鹿良子
 采 女、世続峰子
 采 女、入谷容子
 采 女、古谷建子
 采 女、岡本高子
(『大嘗祭記、二』写本1871年、宮内庁書陵部蔵)

☆明治前期の女官については、残念ながら名著の高群逸枝著『女性の歴史』(講談社文庫)や村上信彦著『明治女性史』(講談社文庫)にほとんど記述がありません。

☆古代の「采女」について、高校生のための『日本史用語集』(山川出版2018年)は、「国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)などの地方豪族が朝廷に貢進した女性、大王(おおきみ)の身辺の雑役に奉仕」と簡潔に説明しています。

☆采女に関する有名な史料は『日本書紀』(720年)の「改新の詔」(646年)です。第四項に次のような記述があります。

凡(およ)そ采女(うねめ)は、郡(こおり)の少領(すけのみやつこ)より以上(かみつかた)の姉妹(いろも)、及(およ)び子女(むすめ)の形容(かお)端正(きらきら)しき者を貢(たてまつ)れ。従丁(ともよほろ)一人、従女(ともめわらわ)二人。一百戸(ももへ)を以て、采女一人が粮(かて)に充(あ)てよ。
(『日本書紀、四』岩波文庫1995年)

☆『万葉集』には各地から献上された采女に関する短歌や長歌が収載されています。
(1)采女・・・巻第一、51 ※志貴皇子作
(2)采女安見児(うねめやすみこ)・・・巻第二、95 ※藤原鎌足作
(3)吉備津采女(きびのつのうねめ)・・・巻第二、217 ※柿本人麿作
(4)駿河采女(するがのうねめ)・・・巻第四、507、巻第八、1420
(5)因幡八上采女(いなばのやかみのうねめ)・・・巻第四、535 ※安貴王
(6)豊島采女(としまのうねめ)・・・巻第六、1026、1027
(7)陸奥国前采女(みちのくのくにさきのうねめ)・・・巻第十六、3807 ※葛城王作

☆斎藤茂吉『万葉秀歌』(岩波新書)は、上記(1)と(2)を採録して鑑賞しています。志貴皇子(しきのみこ)の短歌を読んでみましょう。

婇女(うねめ)の袖(そで)吹(ふ)きかへす明日香(あすか)風(かぜ)都(みやこ)を遠(とお)みいたづらに吹く
(斎藤茂吉『万葉集秀歌、上巻』岩波新書1938年)、(中西進訳注『万葉集、一』講談社文庫1978年)、(門脇禎二『采女、献上された豪族の娘たち』中公文庫1965年)

☆短歌の解釈は以下の通りです。

明日香に来て見れば、既に都も遠くに遷(うつ)り、都であるなら美しい采女等の袖をも翻(ひるがえ)す明日香風も、今は空しく吹いている。
(斎藤茂吉『万葉集、上巻』岩波新書1938年)

☆「婇女の」を「タヲヤメノ」と訓読した例もあるようです。斎藤茂吉は、「ウネメラノ」と5音で訓読してはいかがかと記述しています。

☆『大嘗祭記、三』(写本、宮内庁書陵部蔵)は、女官の役職と等級を次のように記載しています。※(    )は引用者。

女官人名、等級
命婦(みょうぶ)  八等
  鴨脚克(特)子
  壬生広子
女嬬(にょうじゅ) 十二等
  山口益子
  戸田晴子
  堀内素子
  虫鹿良子
  世続峰子
  入谷容子
  古谷建子
権女嬬(ごんのにょうじゅ) 十三等
  岡本高子
(『大嘗祭記、三』写本1871年、宮内庁書陵部蔵)
 ※上掲資料に拠ると「特」は「克」の誤記。

☆鴨脚克子(いちょう・かつこ)は京都の下鴨神社宮司の娘で、皇女和宮(かずのみや)に随行して江戸城大奥に居たことがあります。和宮は孝明天皇の妹ですが、14代将軍の徳川家茂に嫁いだ女性です。鴨脚克子は明治維新後、宮内省の女官(命婦)として勤務しました(『明治維新人名辞典』吉川弘文館、『日本女性人名辞典』日本図書センター)。

☆参考までに『大嘗祭儀通覧』に記述されている女性の職掌を列挙しておきます。

女性の職掌名
(三)御禊河原頓宮行幸鹵簿
用語:女蔵人(にょくろうど)、女嬬(にょうじゅ)、采女(うねめ)、氏女(うじめ)

(五)抜穂ノ供神物、齋院ノ黒白酒
用語:造酒兒(さかつこ)、歌女(うため)、織女(おりめ)、潜女(かずきめ)
(六)大嘗宮
用語:猨女(さるめ)、命婦(みょうぶ)、女嬬(にょうじゅ)

(七)卯日ノ儀
用語:采女(うねめ)、十姫(とおひめ)、後取の采女(しんどりのうねめ)、最姫(もひめ)、次姫(じひめ)
(伊能頴則著『大嘗祭儀通覧』如蘭社1913年)

☆愛用の電子辞書(精選版日本国語大辞典)に拠ると、「女蔵人(にょくろうど)」は宮中の下級の雑用係で、「氏女(うじめ)」は有力氏族が宮廷に上進した同族の子女です。「潜女(かずきめ)」は文字通り海中に潜る仕事をした女性で、「猨女(さるめ)」は神楽の舞等に従事した女性です。「最姫(もひめ)」は陪膳采女(ばいぜんのうねめ)、「次姫(じひめ)」は後取采女(しんどりのうねめ)のことでしょう。

☆浅井虎夫著『新訂・女官通解(にょかんつうかい)』(講談社学術文庫1985年)は、「命婦(みょうぶ)」について、「女子にして、四位、五位の位階を有する者」と記述しています。「女嬬(にょうじゅ)」については、「雑役、御所内の掃除、油さし」に従事した女性と記述しています。

(この項続く)


(2019年8月)



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