民権ブログ集成
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《2010年10月~12月》



☆『経済学・哲学草稿』(岩波文庫145頁)に記述されている「類行為」について、更に整理を続けます。アリストテレスの「君は君の父と君の母とによって産み出された」というような文言を、青年マルクスはどの著作から引用したのでしょうか?(注釈がないので自分で探さねば)

☆アリストテレスの主著『形而上学(上)(下)』(井出隆訳、岩波文庫1959年)には、二カ所程「子と父と母」についての記述があります。日本語訳ではさっぱり文意がつかめないと思いますので、蔵書の英語版 THE WORKS OF ARISTOTLE, VOLUME Ⅷ, METAPHYSICA, OXFORD AT THE CLARENDON PRESS, FIRST EDITION 1908 を並記します。参考までに。(新訳は出版されないのかな?)

◎事物のアルケー〔始まり、原理、始動因〕というは・・・たとえば、子供がその父母から生まれ・・・。
『形而上学(上)』第5巻哲学用語辞典153頁
◎‘BEGINNING'means ・・・as a child comes from its father and its mother,
THE WORKS OF ARISTOTLE, VOLUME Ⅷ, METAPHYSICA 1012b

◎たとえば、子供がその父と母とから・・・と言われるが、それは、それらの或る部分から生じるからである。
『形而上学(上)』第5巻哲学用語辞典203頁
◎e.g. the child comes from its father and mother, because they come from a part of those things.
THE WORKS OF ARISTOTLE, VOLUME Ⅷ, METAPHYSICA 1023b


☆アリストテレスの「類(ゲノス)」概念については下記のような記述があります。

◎ゲノス〔種族、類〕と言われるのは、まず、同じ形相をもつ事物の連続的な生成の存する場合。たとえば、「人間どもの種族の存するかぎりは」というのは、「かれらが相継いで生成しているかぎりは」という意味でそう言われるのである。
『形而上学(上)』第5巻哲学用語辞典208頁

◎The term ‘race'or‘genus'is used, if generation of things which have the same form is continuous, e,g,‘while the race of men lasts' means‘while the generation of them goes on continuously'.
THE WORKS OF ARISTOTLE, VOLUME Ⅷ, METAPHYSICA
1024a
平易な日本語訳が欲しいですね・・・。

☆形相(けいそう)はform という英単語が当てられています。形相(ギリシャ語ではエイドス:例えば樫の成木,石像彫刻)と質料(ギリシャ語ではヒュレー:例えば樫の実,大理石)はアリストテレス哲学の基礎概念です。形相は「事物の完成したカタチ」であると説明できるでしょう。
アリストテレスの父はマケドニア国王の侍医でしたから、「類行為」について医学的観点から生々しく記述している部分があります。(『形而上学(上)』第8巻〈質料〉307頁
英文のみ引用します。

◎What is the material(質料の) cause of man?
 Shall we say the menstrual fluid?
 What is the moving cause(始動因)?
 Shall we say the seed?
 The formal(形相の) cause?
 His essence(本質).
 The final cause?
 His end(目的).
 THE WORKS OF ARISTOTLE, VOLUME Ⅷ, METAPHYSICA 1044a
古代ギリシャのアリストテレスは、人類の「形相(form)」と「目的(end)」は、「一致(same)」すると述べています。

☆ルソー著『社会契約論』の「類的存在」概念を、青年マルクスは「ユダヤ人問題のために」の中で、フランス語原文のまま引用しています。フランス語は達者であったようですね。故郷のトリールは、ルクセンブルク国境とフランス国境に近い都市でした。吉本隆明氏の『定本・言語にとって美とは何かⅠ』(角川ソフィア文庫138頁)にも「人間の類」に言及した記述があります。

漸く秋冷の候となりました。次回は『精神現象学』と『法哲学』から、ヘーゲルの「類」概念について整理する予定です。「ボチボチイコカ」です。

◎懸崖は孤猿の降る秋の浜

 ケンガイハ コエンノクダル アキノハマ
筆者(40代)の旧句です。小湊山誕生寺の旧道にて。

2010/10/3)


☆『鬼貫(おにつら)句選・独ごと』(岩波文庫2010年7月)が刊行されましたので、購入して読んで見ました。子供を詠んだ句を一句見つけることができました。(親を詠んだ句もありましたが)

◎大津の子お月様とはいはぬかな
大津は地名です。案内する子供を雇い、三井寺から登るという詞書があります。元禄3(1690)年9月、鬼貫30歳の発句です。

☆芭蕉の全句集は若い頃からの愛読書です。こんなに繰り返し読んだ岩波文庫は他には有りません。かつては200句程暗唱できました。芭蕉の残した約1000句の中から、子供を詠んだ句を(数句あるが)一句だけ拾い上げました。

◎霜を着て風を敷寝の捨て子哉
延宝6(1677)年、芭蕉翁34歳の発句です。(「翁」といっても50歳で他界しました)

☆両句のコンセプト(着想)の違いは何処にあるでしょうか。「捨て子」の句は、俗世間に生きる人々とは隔絶した意識で吟詠していることを実感させられます。漂泊の俳諧宗匠以上の何者かの眼です。(一体何者?)

☆『改訂共同幻想論』(角川ソフィア文庫)の「対幻想論」の章では、ヘーゲルの『精神現象学』(樫山欽四郎訳)が二カ所引用されています。「・・・二つの関係(夫婦・親子)は両者に分け与えられている両側面の移行と、不等のうちに止まっている・・・」(『改訂共同幻想論』181頁)と「一方の意識が他方の意識のうちに、自分を直接認める」(同書183頁)です。後者の引用は出典が明記されていないので、叙述に不備があるのではないかと思いました。

☆私が指摘したいのは、次のようなヘーゲルの叙述を、吉本隆明氏が肯定的に受け継いでしまったのではないかという点です。長谷川宏氏の新訳から引用します。

◎夫と妻、親と子、兄弟と姉妹、という三つの関係のうち、第一にくるのが夫と妻の関係であって、そこでは一方の意識が他方の意識のうちに直接におのれを認識し、相互承認の認識がなりたっている。(長谷川宏訳『精神現象学』Ⅵ精神a共同の世界-人間の掟と神の掟・男と女、作品社1998年307頁)
◎子どもとは夫と妻の関係がそこへと流れていき、そこで消えていくものなのだから。そして、このように世代がつぎつぎと交替していく・・・親と子の一体感という第二の関係も、それだけで完結することはない。前掲書308頁)

☆夫婦が第一の関係?親子が第二の関係?兄弟姉妹が第三の関係?家族の夫婦関係と親子関係に順位・序列はなく、二つの関係は同時的共存(和解的な、時には非和解的な)と考えます。ヘーゲルは鋭利ですが、近代的一夫一婦制というパラダイム(基底の枠組み)の限界内にあるようです。「対幻想」概念から「類的存在(存続)」概念を平行分離して相対化できると良いのですが。

☆更に、ヘーゲルの「移行」(長谷川訳では《感情的に交流》)と「不等」(長谷川訳では《等しくないありかた》)という捉え方は疑問です。「不等」ではなく「同等」(等時という言葉は無いか?)という照射の方法ではどうでしょうか?ヘーゲルのように家族は夫婦関係に本質があると規定することはできません。家族の本質を前近代的な長子相続の親子関係に求めることができないように。喩えて言うならばツートップ(サッカーの陣形にある)概念として捉えた方が良いと考えます。二つの関係は同位・同格です。

太宰治のように「子供よりも親が大事」(『桜桃』)と言うことができますか?

☆ヘーゲルの「類」概念は、「自己同一的な自己関係と純粋な否定の力との統一」(前掲書Ⅴ理性の確信と真理a自然の観察199頁)とか「単一な存在の形をとる一般的な生命」(前掲書201頁)と叙述されています。ヘーゲルはベルリン大学の総長にまで登りつめた哲学者ですから、大器晩成型の学者と考えやすいですが、青年時代から様々の(不等な?)遍歴をしたことが知られています。1831年11月、61歳のときコレラで急死しました。

☆晩秋から初冬にかけての拙句を一句。(筆者20代前半、懐メロです)

◎中京や時雨れる夜半の橋の宿
 ナカギョウヤ シグレルヨワノ ハシノヤド
芭蕉翁に破門された、凡兆(ぼんちょう)のパロディー句(略してパロ句)です。本句は下記の通り。

◎下京や雪つむ上の夜の雨 (『猿蓑』元禄4年刊)
 シモギョウヤ ユキツムウエノ ヨルノアメ
元禄時代、下京区は町人や職人の住む庶民街でした。


2010/10/10)


☆ヘーゲルの『精神現象学』で、前回触れることができなかった箇所を検討します。

◎女性が娘として両親を見るとき、両親は自然の運動にうながされ、共同体のおだやかな承認のもとに消えていくものに見える。親子関係を踏み台にして娘は自立した存在になるのだから。両親との対等な関係のうちに娘が自分の自立を感じとることはない。(長谷川宏訳『精神現象学』Ⅵ精神a共同の世界-人間の掟と神の掟・男と女、作品社1998年308頁~309頁))

☆対等な関係の紐帯(ちゅうたい)と自立はあるというのが筆者の(ヘーゲル批判の)見解です。母・娘関係は身の回りに無数に存在します。母と娘の親子関係(娘の自立)について、『共同幻想論』の「対幻想論」の章ではほとんど論じられていません。(「母制論」の章でイザイホウの分析はあるが「自立論」ではない)母・娘関係に無反応であったと言ってもいいでしょう。吉本氏は近代日本文学の主要な論点ではないと判断したようです。同章で論じられているのは森鴎外(『半日』)と夏目漱石(『道草』)の夫婦関係です。

☆『遠野物語』の中から母・娘関係が語られている(と思われる)民間伝承を一つ引用します。「番号55」の伝承です。(MATUIの背番号と同じ)

◎・・・二代まで続けて河童の子を孕みたる者あり。生まれし子は斬り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めたり。その形きはめて醜怪なるものなりき。(中略)
◎深夜にその娘の笑ふ声を聞きて、さては来てありと知りながら身動きもかなはず、人々いかにともすべきやうなかりき。(中略)
◎その子は手に水掻きあり。この娘の母もまたかつて河童の子を産みしことありといふ。・・・この家も如法の豪家にて何の某といふ士族なり。(後略)
(『新版・遠野物語』角川ソフィア文庫2004年37頁~38頁)

☆「如法(にょほう)」について、集英社文庫版『遠野物語』には「仏の教えを守って温厚篤実なさま」という一般的な注釈があります。本当は恐ろしい『遠野物語』です。(恐ろしいのは初版『グリム童話集』だけではない)マビキ、キツネツキ、ヨバイ、キケイ、フウヒョウ、キョウドウタイキセイ・・・。これが100年前、明治の日本民衆のデンショウです。この年、柳田国男はまだ35歳でした。(角川文庫と集英社文庫の年譜参照)

☆今夏の遠野旅行の際、バスガイドさんはカッパ淵まで案内してくれましたが、「番号55」の伝承にはまったく触れませんでした。「番号58」の馬と河童の力較べの話が中心でした。(不思議?)明治43(1910)年の初版本では、上掲の「何の某」は「○○○○○」と伏字で表記されていました。この伝承は、吉本氏の『共同幻想論』でも、引用されずに終わっています。

☆柳田国男は『芭蕉七部集』を愛読していました。(と記憶しています)近代日本民俗学と近世連句の交錯を感じ取っていたのでしょう。母と娘の親子関係について、『芭蕉七部集』から、芭蕉本人の付句を二つ取り上げます。(「恋句」とは異なる視点で)

◎娘を堅う人にあはせぬ  芭蕉(『炭俵』「梅が香の巻」)
 ムスメヲカトウ ヒトニアワセヌ
『露伴評釈・芭蕉七部集』(中央公論社1956年)によると、「娘を」の付句は、(前句に詠まれている)菊作りと同じように子(娘)育ても堅実に行い、めったな人には会わせないと解釈しています。

☆幸田露伴の評釈本も、古書店の店頭で二束三文で購入しました。(掘出物でした)

◎定らぬ娘のこころ取りしずめ  芭蕉(『続猿蓑』「霜の松露の巻」)
 サダマラヌ ムスメノココロ トリシズメ
「定まらぬ」の付句は、乱心した娘の気持を鎮めて(前句に詠まれている)庭の鶏頭を眺めさせるという解釈です。前回引用した、延宝6(1677)年の「捨て子」の発句とは随分異なる子供観です。

☆「木枯の巻」(『冬の日』所載・1684年)、「梅が香の巻」(『炭俵』所載・1694年)、「霜の松露の巻」(『続猿蓑』所載・1698年)は、『芭蕉七部集』連句のベスト・スリーです。(筆者誤?推奨) 家族全員で風邪をひいてしまい、かわるがわる病院通いをしています。インフルエンザではありませんが、不調です。

2010/10/17)


『共同幻想論』(特に「対幻想」)について、現時点で整理(相対化)しておくべきことの Key Point は書き終わったような気がします。『遠野物語』と『初版・グリム童話集』(白水社)の恐さ較べは、興味深いテーマです。ヘーゲルについても、まだ『精神哲学』(岩波文庫)を検討していません。振出しに戻って「主基田(すきでん)」、「悠紀田(ゆきでん)」について、もう少し論点を整理しておきます。ボチボチ書き続けます。

☆『古事記』は712年成立(平城遷都2年後)ですから、2012年に1300周年を迎えることになります。100周年の『遠野物語』を長さ1㍍と考えれば、『古事記』は13㍍ということになります。13倍(130倍、1300倍ではない)の昔ということになりますが、怯むことはないように思います。

☆「常民」(ミンカンデンショウ)概念は、「権力」(文書編纂)正史に拮抗するというのが、柳田民俗学のスタンスであったと理解しています。「権力」、「底点」、「類的存続」、この三つが筆者の Key 概念です。叙述は、ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』のように断章(短命題)風に。(バラバラで、わからへん?)

☆『共同幻想論』は「祭儀論」の章の途中で、分析対象が『遠野物語』から『古事記』神話に転換します。民間伝承と神話は同格に扱われています。

◎だが穀物の生成については、わたしたちは北方民譚である『遠野物語』を捨てなければならない。
(『改訂共同幻想論』角川ソフィア文庫1982年「祭儀論」144頁)
◎悠紀、主基殿の内部には寝具がしかれており・・・なにものかの〈死〉と、なにものかの〈生誕〉を象徴するものといえる。
(前掲書「祭儀論」150頁)

明晰ですね。二十歳の頃に引き戻されそうです。しかし〈生誕〉の連続への推論が途切れていると言わざるを得ません。

☆『共同幻想論』はイザナキとイザナミの神話を二箇所引用しています。出典の明記がないので、詩人の吉本隆明氏自らの現代語訳であったのかもしれません。今回の読書で、再認識させられました。「祭儀論」の章では『古事記』の「黄泉の国」神話が検討され、「対幻想論」の章では「二神の結婚」(よく子供向け絵本になっている)神話が検討されています。

筆者の「類的存在(存続)」概念からは、吉本氏が引用しなかった部分(「黄泉の国」後段)が大変重要であるように思われます。イザナキは、死後の世界へイザナミを訪ねて行きました。かつて愛し合ったイザナミ(元カノ?)とイザナキ(元カレ?)が交わしたヨミノクニ(ヨモツクニ)入口付近における会話(夫婦喧嘩? or 別れ話?)です。

◎「いとおしい我が夫よ、あなたがこんなことをなさいますならば、あなたのクニの人間を、一日に千人、首を絞め殺しましょう」。
◎「いとしい妻よ、おまえがそうするなら、自分は一日に千五百の産屋を建てよう」。
(『新版古事記』角川文庫265頁)

☆私には、両名の問答がけっして呪詛では無く、優れた(求愛の)相聞歌のように聞こえます。それとも運命に抗しえない個への挽歌なのか?1日に1000人は他界しますが、1500人は誕生します。日毎に、500人の人口増(類的存続)です。

☆国学者であった本居宣長の大著『古事記伝』は、この人口増について、儒学の「天命」説を否定し、イザナキの「御恩頼(ミタマノフユ)」に因ると記述しています。(『古事記伝(二)』岩波文庫1941年32頁) 「ミタマ」は「御霊」か「御魂」で、 「フユ」は「殖ゆ」か「振ゆ」であるようですが、筆者は「類的存在(存続)」概念で解釈します。「対幻想」と「共同幻想」の「同致」で相対化できるのでしょうか?

☆では次回。季節の変わり目です。風邪には気を付けて下さい。快癒するのに、筆者は2週間程かかりました。

2010/10/24)



日本史上において、子供を詠んだ歌人の双璧は、『万葉集』の山上憶良と江戸時代の良寛です。今回は、良寛の残した約1400首の短歌から次の一首を鑑賞します。

◎霞たつながき春日を子供らと手毬つきつつこの日くらしつ
 カスミタツ ナガキハルヒヲ コドモラト テマリツキツツ コノヒクラシツ
(『良寛全集・下巻』東京創元社7頁)
村の子供達と遊ぶ曹洞宗の禅僧の姿が思い浮かぶ名歌です。

☆夏目漱石は上掲の短歌について、パロディー句(略してパロ句)を句作しています。

◎良寛にまりを(手毬)つかせん日永哉  漱石   *( )内は異稿。
 リョウカンニ マリヲ(テマリ)ツカセン ヒナガカナ
(『漱石俳句集』岩波文庫189頁)
「日永(ひなが)」は春の季語です。1914(大正3)年の発句ですが、どの様な心情で詠んでいるのか筆者には不明です。47歳であった漱石は、子供と遊ぶ禅僧の境地に憧れたのかもしれません。

☆良寛には、約100句の俳句が残されています。子供を詠んだ句を一句引用します。

◎さわぐ子のとる智慧はなしはつほたる  良寛
 サワグコノ トルチエワナシ ハツホタル
(『良寛全集・下巻』東京創元社315頁)
「ほたる」は夏の季語です。宵に蛍を追いかける子供達の姿が眼に浮かびます。

☆良寛にも明らかにパロディー句(略してパロ句)と思われる俳句があります。

◎新いけやかはづとびこむ音もなし  良寛
 アラ(ニイ)イケヤ カワヅトビコム オトモナシ
(『良寛全集・下巻』東京創元社314頁)
「かわづ」は春の季語です。上掲の句は、芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水のをと」(『春の日』1686年)のパロディー句(略してパロ句)であることは間違いないでしょう。(本当に良寛の句?)

☆筆者にも「古池や」のパロ句があります。しかし、意図的にパロディー化した訳ではなく、無意識に韻律を模倣してしまったようです。

◇梅雨寒や青梅落ちる風の音  凡一
 ツユザムヤ アオウメオチル カゼノオト
「梅雨寒」と「青梅」が季重なりです。強風の日、自宅裏の梅園を窓から眺めて詠んだ拙句です。闘病中の40代でした。(高血圧で倒れ救急車で搬送された)

☆良寛禅師には、西行(1118~1190)の名歌である「願わくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃」(『新古今和歌集』)のパロディー句(略してパロ句)と思われる俳句もあります。(パロ歌かな?)

◎同じくは花の下にてひと夜寝む  良寛 
 オナジクワ ハナノモトニテ ヒトヨネム (ソノキサラギノ モチヅキノコロ?)
(『良寛全集・下巻』東京創元社314頁)

☆良寛老師は、破礼(バレ)句のような俳句も残しています。(前掲書316頁の「柿もぎ」の句を参照) このような系列の俳句は、小林一茶の方が独壇場でしたね。越後の良寛(1756~1831)と信濃の一茶(1763~1827)は同時代でした。

◎木がらしに女だてらの股火かな  一茶
田辺聖子『ひねくれ一茶』講談社文庫37頁)
田辺聖子氏の『ひねくれ一茶』は力作でした。「木がらし」は冬の季語です。

☆俳聖の松尾芭蕉は、破礼(バレ)句のような発句は全く残しませんでした。さすがは蕉(正)風俳諧です。現存する約1000句の発句の中で、強いて取り上げるならば『おくのほそ道』の次の一句です。

◎一つ家に遊女もねたり萩と月  芭蕉
 ヒトツヤニ ユウジョモネタリ ハギトツキ
(『英文収録・おくのほそ道』講談社学術文庫63頁)
「萩」と「月」が季重なりです。芭蕉にも例外の句はあります。1689(元禄2)年の7月のことでした。

☆ドナルド・キーン氏は上掲の句を次のように英訳しています。
 Under the same proof
 Prostitutes were sleeping
 The moon and clover.
(『英文収録・おくのほそ道』講談社学術文庫108頁)
Prostitute はオックスフォード現代英英辞典(電子辞書)に拠ると a person who has sex for money と説明されています。

☆しかし、通行の難所(新潟県糸魚川市)の「親知らず」( Parents Forget Their Children )と「子知らず」( Children Forget Their Parents )を越え、芭蕉と曾良は疲れ果てていたと『おくのほそ道 THE NARROW ROAD TO OKU 』(34市振)には記述されています。「市振(いちぶり)」の章は、一巻の中において異色です。

☆筆者は、タイトルの NARROW ROAD を「海浜 seacoast」(25頁・159頁)でもなく、「田野 fields」(50頁・126頁)でもなく、森々たる「高山 high mountains」(52頁・123頁)でもなく、「氷雪 snows that never melt」(56頁・117頁)でもなく、「難所 dangerous places」(62頁・109頁)であった断崖の細道としてイメージします。( Parents and their children forget each other.) 上掲の句は人生の悲哀を詠んだ名句であり、猥雑さとは無縁です。

霞たつ」の短歌から「一つ家」の俳句まで、思いつくままに鑑賞しました。晩秋の休日、大型の台風が房総沖を通過し、明日からは11月です。

◇行けど草行けど林の野分哉  凡一
 ユケドクサ ユケドハヤシノ ノワキカナ
季語は「野分」です。漱石のパロ句ですが。(『漱石俳句集』岩波文庫520番参照)


2010/10/31)


パロディー句(略してパロ句)の先達について、少し脱線して紹介しておきます。勝海舟の『氷川清話(ひかわせいわ)』は長年の愛読書です。手許には、角川ソフィア文庫と講談社学術文庫と全集版(講談社)の三種があります。同書において、勝海舟(1823~1899)は松尾芭蕉(1644~1694)の本歌取を公然と語っています。(本「句」取か?)

◎道ばたの木槿は馬に喰われけり  芭蕉
 ミチバタノ ムクゲハウマニ クワレケリ
(『氷川清話』講談社学術文庫300頁)
◎昼顔のとがまを洩(漏)れてさきにけり  海舟 
 ヒルガオノ トガマヲモレテ サキニケリ
(同書300頁)

☆「道ばたの」は、紀行文『甲子吟行』では「道のべの」と表記されています。「木槿」は秋の季語です。拙宅の垣根では白い花が咲きます。「昼顔」は夏の季語です。「とがま」は「外構え」のことと解釈します。平穏な風景の吟詠です。もし、切れ味鋭い「利鎌」の意味でしたら、剣術家らしい緊迫感のある情趣に詠み変えたと言えます。(海舟は島田虎之助について剣術修行)

☆もう一つ、「稲妻の行く先見たり不破の関」が芭蕉の発句として語られ、パロ句が詠まれています。同句は勝海舟の記憶違いで、本(もと)の句は「秋風や藪も畠も不破の関(アキカゼヤ ヤブモハタケモ フワノセキ)」(『甲子吟行』1684年)です。編者であった歴史家の松浦玲氏は、『氷川清話』全編にわたって明敏な史料批判の注を執筆しています。しかし海舟の引用した本句が、芭蕉全句の中に存在しないことを見落としたようです。(むろん角川ソフィア文庫も)

☆勝海舟には子供を詠んだ俳句があります。

◎夜(外)の雪草鞋もぬがで子を思う  海舟
 ヨル(ソト)ノユキ ワラジモヌガデ コヲオモウ
(『氷川清話』講談社学術文庫301頁)
講談社学術文庫版は「夜の雪」と記載され、角川ソフィア文庫版は「外の雪」と記載されています。異稿でしょうか、それとも誤植でしょうか。海舟の長男の子鹿は、1852(嘉永5)年に誕生しました。

長年の間、熟読玩味しましたので、『氷川清話』からは沢山のことを学んでいます。影響を受けた談話を一つだけ紹介します。

◎おれが長州へ談判に行った時、井上は顔へ膏薬を貼って出て来たが、これは反対党に斬られたのだといふことだった。その胆力に至っては、伊藤などはとても及ばない。
(『氷川清話』講談社学術文庫150頁)
「井上」は「井上馨(聞多)」のことですね。「伊藤」は「伊藤博文(俊輔)」です。筆者は是迄、井上馨関係の資料を収集して来ました。拙論「房総の三大事件建白運動」(『底点の自由民権運動』所収)においては一瞥しただけで、その後は埃を被っています。井上馨は不平等条約改正の当事者でした。

☆11月(霜月)になりました。房総半島では、今年はまだ霜は降りないようです。
◇初霜や命安堵の草の色   凡一   
 ハツシモヤ イノチアンドノ クサノイロ
筆者50代前半の拙句です。幾らか体調が回復し、雑草の生い茂る畑を見て詠める。


2010/11/7)


勝海舟の俳句について続けます。前回は、松浦玲他編『氷川清話』(講談社学術文庫2000年)の「六、文芸と歴史」の章から引用しました。今回は、「一、履歴と体験」の章に掲載の発句(ほっく)を鑑賞します。

◎南洲の後家と話すや夢のあと  海舟 
 ナンシュウノ ゴケトハナスヤ ユメノアト
無季の発句です。「南洲」は西郷隆盛(吉之助)さんの雅号ですね。上掲の句には「今の人は、この句の意を知るまいヨ」と付記されています。

☆私は、海舟の「夢のあと」の本句は、『おくのほそ道』(25平泉)の名吟ではないかと推測しました。

◎夏草や兵共が夢の跡  芭蕉 (1689年)
 ナツクサヤ ツワモノドモガ ユメノアト
季語は「夏草」です。源義経の遺跡高館(たかだち)での吟詠です。

☆ドナルド・キーン氏は、上記の句の「兵共」を brave soldiers と英訳しています(『英文収録・おくのほそ道』講談社学術文庫125頁)。brave は、さすがという感じです。また、杜甫(ドゥーフー)詩の「国(グオ)破(ポー)山(シャン)河(ハー)在(ザイ)」を Countries may fall, but their rivers and mountains remain, と英訳しています。筆者は、「在」を remain と英訳するのは納得できますが、「破」は fall(陥落)ではなく ruin か defeated のイメージです。(違うかな?)

☆海舟の「句意」は、義経及び弁慶郎党と、西郷隆盛一党の命運を重ねて詠むということではないでしょうか。明言すれば、当時の明治政権(第2次伊藤内閣・第2次松方内閣)の根幹を批判することになるので、このように曖昧に語ったと考えられます。第2次伊藤内閣の陸軍大臣は大山巌(隆盛さんの従弟)、海軍大臣は西郷從道(実弟)でした。

☆もう一句、「五、勇気と胆力」の章から引用します。

◎いざ老も気力くらべむ雪の梅  海舟
 イザオイモ キリョククラベン ユキノウメ
「梅」が季語で、初春です。この句には「まー、おれの発句でもお聞きよ」という前置と、「世間の人間相手はもう嫌になった。梅と気力比べもまた風流だ」という付記があります。『国民新聞』(1896年1月)連載の記事が出典です。同句は、編集方針の違いか、角川ソフィア文庫版には記載されていません。

☆「いざ老も」の本句は下記の句ではないかと推定しました。

◎いざ子ども走り歩かむ玉霰  芭蕉 (1689年)
 イザコドモ ハシリアル(リ)カン タマアラレ
霰が降ってきた、子ども達よ走り回ろうという意味の秀句です。芭蕉翁、元禄2年の吟です。過ぎ去った童心を懐かしんでいるかのような情景です。子ども達を詠んでいますが、一茶(「雪とけて村一ぱいの子ども哉」)とは、やはり句風が異なります。(甲乙は保留?)

☆海舟には、まだ幾つかパロディー句(パロ句)があります。まー、この位で止めておきます。


2010/11/14)


☆現代日本語作家であるリービ英雄氏の、『英語でよむ万葉集』は最近の愛読書です。繰り返し読んだ岩波新書の一つです。今回は、子どもを詠んだ山上憶良の長歌と短歌を一首ずつ鑑賞します。

◎立ち躍(をど)り 足すり叫び 伏(ふ)し仰(あを)ぎ 胸打ち嘆き 手に持てる 吾(あ)が子飛ばしつ・・・
(万葉集巻五904)
◎若ければ道行(みちゆき)知らじ弊(まひ)はせむ黄泉(したヘ)の使負ひて通らせ
(万葉集巻五905


☆二首共に、幼くして病死した男子(名前は「古日フルヒ」)を詠んだ和歌です。リービ英雄氏は、長歌904の一節を次のように英訳しています。

◎タチオドリ
 I leaped and danced,
 アシスリサケビ
 I stamped and screamed,
 フシアオギ
 I groveled to the earth and glared at heaven,
 ムネウチナゲキ
 I beat my breast and wailed.
 テニモテル
 I held in my hands,
 アガコトバシツ
 I have let fly the child.
(『英語でよむ万葉集』岩波新書2004年209頁)

☆悲運の光景を歌っていますが、父親の子どもに対する愛情が1300年の時空を超え、ひしひしと伝わって来ます。「吾が子飛ばしつ(アガコトバシツ)」という表現を、リービ英雄氏は同書において、「見たことのない、日本語の絶唱」と絶賛しています。類的存在(存続)概念からは凄い批評です。読書の醍醐味ですね。(生きていて良かった)

☆短歌905については下記のような英訳です。

◎ワカケレバ
 He is young,
 ミチユキシラジ
 and does not know the way,
 マイワセン
 I shall send you an offering.
 シタエノツカイ
 O bearer of Hades,
 オイテトオラセ
 Carry him there on your back.
(『英語でよむ万葉集』岩波新書2004年212頁)

弊はせむ(マイワセン)」は、贈り物をしようという意味です。リービ英雄氏は、「東アジアの親なら誰でもする仕草」と指摘しています。「黄泉の使(シタエノツカイ)」は、あの世への使いの者という意味です。「負ひて通らせ(オイテトオラセ)」は、我が子(フルヒ)を背負い、通って戴きたいという意味です。(中西進『万葉集』講談社文庫1978年参照)

☆ハーデースはギリシャ神話における冥界の神ですから、bearer of Hades は随分思い切った英訳です。Hades は、最近の3D映画「タイタンの戦い」でもゼウスの兄として登場し、勇者ペルセウスと戦っていました。
(秋の星座のアンドロメダ、カシオペア、ペガスス、メドゥーサ?も共演)

☆今回は、筆者の愛唱歌である「貧窮(びんぐう)問答歌」は鑑賞からはずしました。リービ英雄氏の著作では、『延安』(岩波書店2008年)も示唆に富む書物です。

(2010/11/21)


☆冬が近づくと俳句ができます。まずは、最近のパロディー句(略してパロ句)を、三句記します。

◇初時雨薔薇もルージュに咲いて散り  凡一
 ハツシグレ バラモルージュニ サイテチリ
〈ハツシグレ サルモコミノヲ ホシゲナリ〉
拙宅の南側(ガーデン?)に咲いた、深紅の薔薇の大輪を凝視して詠める。本句の「コミノ」は「小蓑」。

◇凩に狂うや匂う百合の花  凡一
 コガラシニ クルウヤニオウ ユリノハナ
〈コガラシニ ニオイヤツケシ カエリバナ〉
「凩」が季語です。異常気象の所為か、庭の白百合が突然咲き、驚いて詠める。本句の「カエリバナ」は「帰花」と書き、水仙の異称。

◇加茂川や真鯉鰭打つ冬の音  凡一
 カモガワヤ マゴイヒレウツ フユノオト
〈フルイケヤ カワヅトビコム ミズノオト〉
川に棲む大鯉の、水面に跳ねるを眺めて詠める。鯉は真鯉と緋鯉。

☆いずれも本句取りの吟です。本句はすべて芭蕉で、〈 〉内にカタカナで示しました。来週はいよいよ師走です。旧句(40代の頃)を一句思い出しました。

◇麺麭一枚喰って飛び去る師走かな  凡一
 パンイチマイ クッテトビサル シワスカナ
◎田一枚植て立ち去る柳かな  芭蕉
〈タイチマイ ウエテタチサル ヤナギカナ〉
こんなパロ句を詠んでいては、冥土の芭蕉翁が嘆くかな?(破門!)

(2010/11/28)



☆鴨川市内の書店に並んでいた、雑誌『現代思想』のバックナンバーを立ち読みしていましたら、偶然、吉本隆明さんの近年の対談に出会ってしまいました(2008年8月臨時増刊号)。『共同幻想論』について、次のような談話が気になり、衝動買いしました。(定価1400円)

◎マルクスの書いたものの中で、これは原本を確かめたわけではないのですが、国家というのは幻想の共同体だということが言われているのですね。(前掲書42頁)
◎病気のことと、拡大する産業規模をどこで止めるか・・・抜け道があるのかということを考えることが今の課題だろうと思います。(前掲書75頁)

☆偶然の天啓に導かれて、しばらく「幻想」というKEY(鍵)CONCEPT(概念)について、原書と翻訳の周辺を逍遥してみる気になりました。

◎この「国家形式主義」が現実的勢力として成立し、それ自身にとって一つの独自な実質的内容となるのであるから、「官僚制」が実践的諸幻想の織物、あるいは「国家の幻想」であることは自明のことである。
(『ヘーゲル法哲学批判序論』国民文庫1970年83頁)
(『マルクス=エンゲルス全集第1巻』大月書店1959年282頁)

☆マルクスの著作における「幻想」という用語の初出です。前掲の文章の言いたいことは、あまり難しく考えないほうが賢明であると思います。要するに官僚制は「幻想」(ウッソー、アリエナーイ!)(ウッセー、アリエネー!)と受け止めれば良いでしょう。

☆ドイツ語のセンテンスをそのまま引用するのは煩瑣になるので、用語のみを拾い上げます。「実践的諸幻想の織物」は ein Gewebe von praktishen Illusionenです。「国家の幻想」はdie Illusion des Staats です。官僚制は、諸幻想(Illusionenイルジオーネン)であると言い切っています。(イルミネーションではない)

☆ヘーゲル『法哲学』(世界の名著35中央公論社1967年)には、「国家の幻想」という訳語は見当たりません。(索引にもない)『法哲学』は三部構成で、第一部「抽象的な権利ないし法」、第二部「道徳」、第三部「倫理」となっています。第三部は全3章からなり、1章「家族」、2章「市民社会」、3章「国家」という順序です。家族論は流石に鋭敏ですが、国家論は立憲君主制の擁護に堕しています。上掲の青年マルクスの文章は、「国家」の章の「統治権」(§287~§297)を批判した部分です。

☆還暦を過ぎ、ようやく『法哲学』をじっくり(寝ころんで?)読む時間的余裕もできました。では、次回もIllusionイルジオーン逍遥の予定です。

(2010/12/5)




☆今年も又、次のようなネットニュースが流れました。日本(民衆)は悲惨です。歯止めが掛からないようです。

◎自殺者、今年も3万人超確実に。1カ月間の自殺者は2400~2900人台で推移しており、平成10年以降13年連続で、年3万人超がほぼ確実になった。(産経12月6日配信)
「希望」欠乏症?  「愛情」欠乏症? 「金銭」欠乏症? 「憤怒」欠乏症? 「笑顔」欠乏症? 診断や如何? 名医は何処?(「スギノワイズコ?」では無いだろう)

☆さて、「幻想」逍遥の続きです。前回の「統治権」論から、今回は「立法権」論へ移ります。ヘーゲル『法の哲学§298~§313までの、全面的な批判です。

◎議会的要素は国家的事柄が国民的事柄として幻想的に存在(illusorische Existenz)する仕方である。
◎公共事(allgemeine angelegenheit)が公共事、公事であるという幻想(Illusion)
◎議会的要素は市民社会の政治的幻想(politische Illusion)である。
「ヘーゲル国法論批判」『ヘーゲル法哲学批判序論』国民文庫1970年111頁)
『マルクス=エンゲルス全集第1巻』大月書店1959年299頁
「議会」も「公共事」も、「普遍性」から「幻想」に転化し易いという洞察です。公共性も「幻想」であるとは、ラディカルな見解ですね。

☆マルクスは立法権について以下のように述べています。
◎立法権(gesetzgebende Gewalt)はフランス革命をやった。
◎立法権が国民の代表であり、類意志(Gattungswillens)の代表であったからにほかならぬ。
◎新しい憲法(neue Verfassung)を設ける権利は無条件的に肯定されねばならない。
「ヘーゲル国法論批判」『ヘーゲル法哲学批判序論』国民文庫1970年102頁)
『マルクス=エンゲルス全集第1巻』大月書店1959年260頁
人民主権を主張したJ.ルソーの系譜に連なる見解です。マルクスは更に、「立法権」と「憲法」が衝突した場合は、『社会契約論』の一般意志は「幻想」に転落すると指摘しています。(現代世界の憲法状況はどうか?)

☆マルクスの「類」概念は、「ユダヤ人問題によせて」において、次のように整理されています。

①「人間が抽象的な公民(abstrakten Staatsbürger)を自分のなかに取り戻」す関係。
②「人間が固有の力(forces propres)を社会的な力(gesellschaftliche Krãfte)として認識し組織」する関係。
③「社会的な力を政治的な力というかたちで自分から分離しない」関係。
④「人間的解放(menschliche Emanzipation)は完遂」された関係。
⑤「類的関係そのもの、男女の関係( Das Gattungsverhãltnis selbst, das Verhãltnis von Mann und Weib.)」。
ユダヤ人問題によせて・他』岩波文庫1974年53頁・63頁)
(MARX ENGELS WERKE 1, Dietz Verlag Berlin 1.Auflage 1956 )
(『ヘーゲル批判』新潮社1957年73頁・79頁)
『マルクス=エンゲルス全集第1巻』大月書店1959年407頁・412頁) 
『ヘーゲル法哲学批判序論』国民文庫1970年313頁・321頁
(MARX / ENGELS GESAMTAUSGABE Ⅰ/2, DIETS VERLAG BERLIN 1982

ユダヤ人問題によせて」で、「類」概念について整理した部分の前後には、J.ルソーの『社会契約論』(第2編第7章立法者について)の中の一文(個人の力と全体の力の関係についての考察)が、フランス語原文のまま引用されています。「類」概念もJ.ルソーの系譜と言えるでしょう。 

☆ヘーゲルの『法の哲学』は、立法権の内に君主権(契機)と統治権(契機)を含め、権力分立と相互制限を、「国家の一体性」同書§300という視点から否定しています。さすが、ドイツ観念論哲学です。(しかし、モンテスキューの三権分立以前か?)

☆ヘーゲルとマルクスに共通しているのは、1689年に出版されたJ.ロックの『市民政府二論(統治二論)』(先月、全訳の岩波文庫版が発売されたが)にまったく言及していない点です。ロックの主張した、自然状態における自己保存と平和、最高権力としての立法権、抵抗権と革命権についての検討は、両著(『法の哲学』『ヘーゲル法哲学批判序論』)共に皆無です。(人名索引にもない)エンゲルスが「イギリスの状態」(『マルクス=エンゲルス全集第1巻』所収)という小論で、(唯物論的)科学史の視点から僅かに触れているだけです。

☆イギリスの1688年の名誉革命を擁護した『市民政府二論 Two Treatises of Government』には、「権力」という Key Word が頻出します。では次回。

◇春近き心の急くや樫と棕櫚   (凡一)
 ハルチカキ ココロノセクヤ カシトシュロ   (ボンイツ)
(2010/12/12)



☆年の瀬です。「幻想」逍遥を続けます。ヘーゲル『法の哲学』§304を批判した、マルクスの記述から拾い出します。「幻想」についてドイツ語で、次のように記述されています。

◎幻想的同一性( illusorische Identitãt )。
「ヘーゲル国法論批判」『ヘーゲル法哲学批判序論』国民文庫1970年148
◎幻想的な、漠とした二重像( illusorischer unbestimmter Doppelgestalt )。
(同書149頁)
◎なぜなら哲学は宗教をその幻想的な現実性( illusorischen Wirklichkeit )において理解するからである。
(同書161頁)
◎議会と君主権とが事実上一致し和合するかぎりは、それらの本質的一体性の幻想(Illusion ihrer wesentlichen Einheit )は現実的な、したがって実際上のはたらきをする幻想( wirksame Illusion )である。
(同書161頁)

『法の哲学』§305を批判した、マルクスの記述から引用します。マルクスは、ヘーゲルの「立法権」における「家族」規定を批判しています。
◎それは没精神的な家族生活( das geistlose Familienleben )であり、家族生活の幻想( die Illusion des Familienlebens )である。
同書178

『法の哲学』§307を批判した、マルクスの記述から引用します。マルクスは、ヘーゲルの「立法権」における「抽象的権利」を批判しています。

抽象的人格の幻想的権利( illusorische Recht )。
◎抽象的主体性の幻想的在り方( illusorische Dasein )。
◎諸幻想の社会(Sozietãt dieser Illusionen )。
(同書194

「ヘーゲル国法論批判」にはほかに、「幻想的外観」(同書101頁)や「規定する側だと思いこむ幻想」(同書180頁)という使用例があります。『ユダヤ人問題によせて・ヘーゲル法哲学批判序説』(岩波文庫・城塚登訳)の「ユダヤ人問題によせて」にも、「幻想的な律法 illusorisches Gesetz 」(同文庫9頁)と、「幻想的な国籍 chimãrische Nationalitãt 」(同文庫63頁)という術語が確認できます。

☆「ヘーゲル法哲学批判序説」には、青年マルクス(満25歳)の次のような洞察があり、印象的です。
◎民衆の幻想的な幸福( illusorischen Glücks des Volks )である宗教を揚棄(Aufhebung )することは、民衆の現実的な( wirklichen )幸福を要求することである。民衆が自分の状態についてもつ幻想( Illusionen )を棄てるよう要求することは、それらの幻想( Illusionen )を必要とするような状態を棄てるよう要求することである。したがって、宗教への批判は、宗教を後光とするこの涙の谷( Jammertales ) への批判の萌しをはらんでいる。
(岩波文庫72頁)

幻想的な( illusorischen )ユートピアから、現実的な(wirklichen)サイエンスへの転位ですね。

☆前掲の「涙の谷(Jammertales」(詩篇84,7)という訳語について注記します。『マルクス=エンゲルス全集第1巻』(花田圭介訳)では「苦界」と訳され、『国民文庫』(真下信一訳)では「憂き世」という訳語が使用されています。『マルクス・エンゲルス選集(新潮社版)』(日高晋訳)では、「苦しいこの世」と訳されています。

☆いずれも味わい深い訳語です。芭蕉翁には「憂き世」を詠んだ秀句がありますので紹介します。

◎花にうき世我が酒白く飯黒し   
 ハナニウキヨ ワガサケシロク メシクロシ
加藤楸邨『芭蕉全句(上)』ちくま学芸文庫192頁)
「白い酒」は安価な濁り酒です。「黒い飯」は、よく搗いた白米の御飯ではありません。芭蕉翁39歳の発句です。

☆上掲の句には、漢詩の前書が付されています。

◎憂方知酒聖
ウレイテワ マサニ サケノセイヲ シリ)   
 貧始覚銭神
(マズシウシテワ ハジメテ ゼニノカミヲ サトル)
(『白子文集』「江南謫居十韻」)
「憂(ヨウ)」と「貧(ピン)」を詩題とする、白居易(バイヂュイイー)と芭蕉のコラボレーションです。

太宰治の最晩年の名作『桜桃』は、夫婦喧嘩の小説です。「涙の谷 ( Jammertales 」について、次のような記述(類的存続?)が遺されました。太宰( Dasein ?)が、「ヘーゲル法哲学批判序説」を読んでいたとは考えられませんが。

◎「涙の谷。」そう言われて、夫は、ひがんだ。しかし、言い争いは好まない。沈黙した。お前はおれに、いくぶんあてつける気持で、そう言ったのだろうが、しかし、泣いているのはお前だけでない。おれだって、お前に負けず、子供の事は考えている。自分の家庭は大事だと思っている。子供が夜中に、へんな一つしても、きっとがさめて、たまらない気持になる。(青空文庫)

☆やっと次回は、「マルクスの諸幻想 Illusionen(イルジオーネン)」逍遥の終点です70年代以降、研究の進展著しい『ドイツ・イデオロギー』の、「共同幻想」に挑みます。では、皆様良いお年を。
(2010/12/26)