民権ブログ集成
《 千 挫 不 撓 》




 

 

 

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《2008年》



★夏休みの8月下旬に、ソウル歴史散歩に出かけて来ました。ソウル市庁前のプラザ・ホテルに宿泊し、自分の足で行ける範囲を徒歩見学しました。最近、韓流ドラマは「朱蒙チュモン」をレンタルDVDで鑑賞しています。2000年前の高句麗建国の歴史物語ですが、もう少しで最終回です。

(2008/9/7)

(中略)

映画「日本の青空」に触発されて、鈴木安蔵『自由民権』(白揚社1948年12月・494頁)の再読を始めました。1970年代前半に、京都市から鴨川市の実家に帰郷する途中、東京都の国会図書館に寄り全文複写したものが手許に残っています。房総の民権家「桜井静」の評価について、私は同書から随分学びました。
★30年以上経過して、又本腰を入れて読むことになるとは・・・。分からないものですね。燃やしてしまわなくて良かったと思っています。現在、古書店で購入すると1万円以上します。どこかの出版社が文庫版で復刻してくれると有り難いのですが。
★後藤靖『自由民権』(中公新書)や色川大吉『自由民権』(岩波新書)ではなく、今回は、牧原憲男著『民権と憲法』(岩波新書)と鈴木安蔵『自由民権』をパラレルに比較検討しています。両著に意外に共通性があるので少し驚いています。
自由民権資料研究会編『自由民権をひらく』(2007年12月)には、喜多方市の(百戦錬磨の)赤城弘先生が次のように書いていました。
◎今日的課題である
憲法改悪に真っ向から反対する立場での自主制作映画『日本の青空』(大澤豊監督)の撮影が秋から南相馬市小高区ではじまった。現在、制作委員会への支援が同地区を中心にして県内へ広がっている。

この時代の憲法・教育基本法状況の中で、色川先生の提唱した自由民権の「地下水」「地底の大江」理論は意外な展開を見せているような気がします。今も有効なのかもしれません。「日本の青空」が「フラガール」程ヒットしたら、この国はどうなるのだろう?まだまだ捨てたものではないようです。では次週へ。

(2008/1/20)



《2007年》

(中略)
☆前回に引き続き、ミルの新訳『自由論』について述べてみます。入院中の読書で、ミルの教育観の中心思想は次のような部分ではないかと私は受け取りました。
◎個性は発展と切り離せないものであり、個性を育ててこそ、人間は十分に発展するし、発展しうることを論じた・・・。
(新訳『自由論』第3章「幸福の要素としての個性」143頁)
☆ミルの「個性の発展」と教育基本法の「人格の完成」を結びつけて考えたいというのが私の独自の論点です。(思いつきかな?誤謬を恐れずに?)現日本政府による教育改革の方向性では、ミルの「個性の発展」という理念は切り捨てられたようですから・・・。
☆今回の読後感では、ミルの主張の現代的な有効性はまだ失われていないように思いました。次のような叙述に集約されていると感じましたので、2か所ほど引用します。
◎・・・組織の従業員がすべて政府に任命され、給料を支払われるようになって、政府に認められなければ昇進できない状態になれば、報道の自由があり、議会の選挙が民主的であっても、イギリスも他国も、自由とは名ばかりの国になるだろう。
(新訳『自由論』第5章「原則の適用」242頁~243頁)
◎大衆はすべての点で指示と指導を官僚に求め、優秀で野心のある人は官僚組織に出世の道を求めるだろう。官僚になること、なった後は官僚組織のなかで昇進することだけが、野心の対象になるだろう。このような体制の下では・・・改革を目指す指導者が政権を握ったとしても、官僚の利害に反する改革は実行できない。
(新訳『自由論』第5章「原則の適用」244頁)
(2007/1/21)

(中略)
☆年末に入院したときに、新訳のミル著『自由論』(光文社古典新訳文庫2006年12月15日)をたまたま書店で購入し、病室に持ち込みました。海岸に面した8階の個室でしたから、夜はベッドに横たわって静かに読書ができました。携帯電話の使用も常時可能でした。何度も目を通した訳書の筈なのに、装幀や環境が異なると印象がこんなにも違うものかと不思議な感じがしました。「個性ゆたかな文化の創造をめざす」教育に関係する記述を引用してみます。
◎人間が高貴で美しいといえる人物になるのは、個性的な性格をすべてなくして画一的になることによってではない。他人の権利と利益をおかしてはならないという条件のもとで、個性的な性格を育て際立たせることによってである。そして人間の行うことはすべて、それを行う人の性格を反映するので、個性を育てていくことによって人間の生活は豊かになり、多様になり、活発になり、高級な思想と崇高な感情を育てる材料が豊富になり、人類がはるかに素晴らしいものになる。
新訳『自由論』第3章「幸福の要素としての個性」141頁)
◎教育のすべてか大部分を国が担うことに対しては、わたしは誰よりも強く反対する。各人の個性が重要であり、意見や行動様式の多様性が重要だと・・・論じてきた点は、教育の多様性が言葉ではいいつくせないほど重要であることも示している。国が教育をすべて担うのは国民全員をひとつの型にあてはめて一様にしようとする試みに他ならない。
新訳『自由論』第4章「原則の適用」234頁)
☆民権私塾の「薫陶学舎」では、教科書として『自由論』
(自由之理・On Liberty)を使用していました。ミルの自由論の構造や訳語の問題については、拙著『底点の自由民権運動』で論じたことがあります。原著や原書も購入して手許にあります。今回の入院中の読書では、ミルの教育観の特徴を考えることができました。
(2007/1/14)


《2006》

★謹賀新年。今年は「安房万石騒動300年」について書き続けるつもりです。銚子市の『高神村一揆』を書いた25年前を思い出しながら。1月は、まず研究史の整理をしてみます。万石騒動はどのように調査・研究され、評価・叙述されて来たか?
★黒正巌(コクショウ・イワオ)『百姓一揆の研究』(岩波書店1928年)から始めます。昭和初期以前の研究段階については後日に。黒正巌(1859~1949)は、戦前戦後に京都大学の教授であった人です。
○正徳年中房州化(北)条村地方に発生せる所謂萬石騒動なるものは、河(川)井敬(藤)左衛門なる検見役人の非違が動因となったのである。
(『百姓一揆の研究』138頁)
○百姓一揆年代表

西暦

年次

発生月

発生地域名

原因

形態

出典

1711

正徳元

11

安房

苛斂誅求

越訴

小原正雄氏調査報告・安房郡誌1000

(『百姓一揆の研究』421頁・450頁)
★万石騒動発生の原因を「武士の非違」(行政的動因)という項目に分類し、典拠資料として小野武夫編『百姓一揆叢談』を注記しています。地名と人名の記述に誤りがありましたので訂正しました。若い世代は、「苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)」の意味が解らないかもしれません。
★私が若い頃から敬愛する羽仁五郎は、「幕末に於ける社会経済状態・階級関係及び階級闘争」(分冊後篇16頁・日本資本主義発達史講座第一部1932年)で、黒正巌の百姓一揆研究の「定義」「分類」「革命性否定論」を痛烈に批判しました。この点についての整理は本題から外れるので、今回は詳述しないことにします。日本資本主義発達史講座第四部の小野武夫「農民史料解説」(分冊6頁・1933年)には、「房州万石騒動実録(正徳6年、安房国、訴訟騒乱)」の記述があることを付記しておきます。正徳6年は正徳元年の誤りですが・・・。
(2006/1/元旦)


《2005年》
★先週の12日(土)と13日(日)は、自由民権120年の「東京フォーラム」に参加してきました。報告と討論の原稿準備で疲れたためか、当日は久し振りに胃が少し痛みました。各県の参加者の皆様から、様々な御意見を聞くことができて大変参考になりました。フイールドワークは田崎先生の案内と説明に導かれて、谷中霊園の民権家(花香恭次郎等)の墓参りをすることができました。東京フォーラムが縁で寄贈して戴いた書籍を紹介致します(敬称略)。
○風間三郎『西南戦争従軍記』(南方新社1999年6月)<BR>
○中村明蔵『薩摩民衆支配の構造』(南方新社2005年7月)<BR>
○矢野宏治『薩摩維新秘録』(南方新社2005年7月)<BR>
○塚本四郎遺稿『日本近代史の一面を照射する』(関口民男編・発行2005年8月)
★前掲図書の鹿児島の民権運動や、渡良瀬川流域の民権運動を明らかにしようとする地道な御努力に敬意を表します。全国各地の民権運動研究が、これまで以上にさらに密接に交流を深めることを期待しています。新たな交流によって、自分の地域研究の限界を突き崩すことができるように思います。「東京フォーラム」の集会準備に当たられた事務局の皆様に、心より感謝申し上げます。
(2005/11/20)

(中略)

☆先日、17インチのディスプレイが故障し、画面が真っ暗闇になってしまいました。7年前(1998年4月)に買ったディスプレイですから、寿命かもしれません。購入したラオックス君津店は今は無いので困ったものです。新しく買い換える気になりませんので、市内のリサイクルショップDoki・Dokiで中古の15インチディスプレイを探し、3000円で購入して代用することにしました。結構何とかなっています。そろそろ「パワーブック・G4」を購入しようかな?銀座のアップルストアへ見学に出かけなくては・・・。
☆3月4日は久し振りの春の大雪でした。通勤途中の車内で拙い一句。
 杉の山/霙嶺岡/横殴り (凡一)
(2005/3/6)

(中略)

☆千葉県知事選挙が告示されました。この4年間に次々と、房総の県立高校の統廃合を推し進めた現職女性知事を、私はとても支持する気持にはなれません。得意の環境保護政策も、過疎地域の観光再開発に擦り寄ったものでしかないことが、徐々に明らかになったと私は考えています。年齢もすでに古希を越えて、一体誰に(次世代の)バトンタッチするつもりなのでしょうか?
☆対立候補も、房総の風土のなかから生まれ出たような人物は皆無で、如何にも千葉県の立地環境の曖昧さ(首都従属性?)が浮き出てしまったような選挙戦のように感じています。120年前の民権派の自生型千葉県会議員(君塚省三・齊藤自治夫等)がこれを見たら、どのように嘆くでしょうか?
(2005/2/27)


《2004年》

(中略)
☆入院治療の甲斐無く、老母が、亀田病院にて死去(12月15日水午後12時28分永眠・大正11年生まれ)したため、年末年始の御挨拶を控えさせて戴きます。通夜並びに告別式に御会葬賜りました皆様に、厚く御礼申し上げます。
追悼の拙句
「悲しみに/添い寝する日の/辛夷かな」(凡一)
(2004/12/19)


《2003年》

(中略)
☆新春早々のアクセスに御礼申し上げます。昨年は不思議なくらい良いことが重なり、体調の安定した1年間でした。7月には史料の校訂にへとへとになりながらも、10年分の論稿を1冊にまとめ新著を上梓することさえできました。講演・資料展・出版・交流・集会のため、2002年は少し走り過ぎ、喋り過ぎたかもしれません。今年は、倒れることのないようにまたゆっくりと歩き、考え続け、生き続けるつもりでおります。皆様の御教導を御願い申し上げます。
元旦や 芽吹く辛夷に ぐいと呑む
梅咲いて 人の憂いに 情けあり
卒業式 沈丁花の 隠れている
《旧春三句・凡一》
(2003/1/1)


《2002年》

(中略)
☆南房総の自由民権資料展(第10回)の御案内
残暑お見舞い申し上げます。地域の「自由民権120年」を記念して、久々に資料展を開催します。今年は1カ月間程、長い期間の展示を行いますので、ついでの折にお出かけ下さい。入場は無料です。
☆ 期間 2002年8月21日(水)~ 9月23日(月) *但し祭日以外の月・火は休館
      午前10:30 ~ 午後7:00
☆ 場所 喫茶ギャラリー「山のすみれ」 (0470)28-2345  館山市藤原393-1
     JR館山駅から神戸廻り白浜行きバスで15分(運動公園前下車)
☆ 展示資料 1874年頃から1890年頃の南房総の自由民権運動に関する資料約100点
      (民権家の書簡、演説会史跡写真、原亀太郎日誌、民権私塾のテキスト等)
(2002/8/25)


☆昨夏以来、新著(『底点の自由民権運動・新史料の発見とパラダイム』)の準備を進めて来ましたが、漸く上梓することができました。目次は以下の通りです。
第1章 桜井静「国会開設懇請協議案」関係の新史料
第2章 「自由党本部報道書」の新史料
第3章 1884年自由党夷隅事件の捜索過程
第4章 房総の「三大事件」建白運動
第5章 近代史料の解読 
第6章 三大事件建白運動と北村門太郎 
第7章 底点の民権資料を読む
補論1 房総の自由民権と授業 
補論2 房総の自由民権研究と教科書
(後書き)地域の自由民権120年 
詳しくは岩田書院のホームページを御覧下さい。(2002/7/28)
http://www.iwata-shoin.co.jp/  click


《2001年》

(中略)
☆21世紀の門出を祝し、今冬の拙句を記します。
◇初霜や命安堵の草の色   凡一(ぼんいつ)
 ハツシモヤ イノチアンドノ クサノイロ
1950年3月生まれの私は満50才です。昨年末頃から凶悪な強盗事件が相次いで、治安が悪化しています。「このような犯罪が連続する時代は過去にもあったのか?」と最近首をひねっております。再び、大不況、の前触れでしょうか?(2001/1/1)


《2000年》

(中略)
☆10月11日(水)で開局2周年になります。デジタル世界の広がりと壊れ易さと儚さを痛感した2年間でした。この間、メールで感想を送って戴きました皆様に、あらためて御礼を申し上げます。(2000/10/10)


《1999年》

(中略)
☆1999(平成11)年2月22日で、インターネットを始めてから、丁度満1周年を迎えます。1年前は68Kマックでしたが、今はG3マックです。スピードが全く違います。最近、WEB資料館を見ての感想や質問を、E.メールで貰うことが増えました。リンク紹介をして戴いているサイトもあります。交流の輪が広がることが、房総の自由民権研究をこれからも続ける励みになります。昨日は外国からエアーメールも届きました。不思議な時代ですね。(1999/2/14)


《1998年》

(中略)
☆まずはマック派宣言・・・。この「web資料館」は友人や家族の薦めで、G3マックのDT・266を使用し、ソフトはホームページ・Pro3で作製しています。私は48才の手習いですから、創っては壊し、創っては壊しの連続でした。1998(平成10)年の4月21日から構築を始め、取り敢えずアップロードし開局したのが10月11日(日)です。
(1998/10/28)


《経過》
(第1回)房州の自由民権史料展、19878月、鴨川市市民会館
(第回)鴨川の自由民権史料展、19888月、鴨川市市民会舘
(第3回)房州の自由民権史料展「フランス革命200年を問う」、19898月、鴨川市文化体育館
(第4回)国会開設100年・房総の自由民権史料展「銚子・海匝・香取地方を中心として」、19905月、銚子市ぷくぷく亭書店2
(第5回)房総の自由民権史料展「安房・夷隅地方を中心として」、19918月、鴨川市ギャラリー長谷川
(第6回)房総の自由民権資料展「鴨川の自由民権と自然保護」(『房総の自由民権』出版記念)、199210月、鴨川市主基公民館
(第7回)房総の自由民権資料展「人民・進取・民権」1993年8月、大原町文化センター
(第8回)房総の自由民権資料展「敗戦50年・憲法9条と21条の初志」、1995年8月、大原町文化センター
(第9回)房総の自由民権資料展「井上幹と薫陶学舎・精農社・以文会」、1997年11月、大原町市民ギャラリー
 ※1998421日(火)にWEB資料館を構築開始、同年1011日(日)インターネット上にデジタル・ミュージアムを開設致しました。

(第10回)南房総の自由民権資料展「地域の自由民権120年」2002年8月~9月、館山市ギャラリー山のすみれ


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